芦屋市の歯医者 ひだまり歯科クリニック JR・阪神電鉄 芦屋駅徒歩スグ

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院長挨拶

歯医者で治療されることが好きな方は、なかなかいらっしゃらないと思います。

「痛い」・「怖い」という印象、「キーン」という甲高い音、独特のにおいがする、などなど、歯医者のことを好きになれない要素が沢山あると思います。

そんな患者様の気持ちを出来るだけ和らげられる様な治療を常に心掛けております。

「ひだまり歯科クリニックで治療してもらってよかった!」

 

こういった患者様のお言葉が、我々の励みとなっております。
患者様の歯の痛みや苦しみを取り除き、いつまでも歯が健康で、美味しいものが食べられるよう、頑張っていきたいと思っております。

 

院長 飛田 達宏 

プロフィール

大阪府豊中市生まれ 
平成15年 大阪大学歯学部卒業
平成19年 大阪大学歯学部大学院歯科保存科博士課程修了 歯学博士
保存科医局員を経て、歯科医院(大阪市北区)勤務。
平成20年9月より藤原歯科医院に勤務。
平成22年6月、ひだまり歯科クリニック開院
日本歯科保存学会会員
日本口腔インプラント学会会員

認定証

院長飛田のひだまり歯科開業物語

幼少期

昭和53年6月7日、飛田家待望の長男として 大阪府豊中市で私は産まれました。

 

実家は歯医者さんというわけではなく、その頃、父は電機メーカーで働いていて、母は専業主婦として父を支えていたそうです。 

 

2歳の頃、私は近所の人達から「チョコレート坊や」と呼ばれていたそうです。
と言うのも、当時の私が、チョコレートが大好き過ぎて、いつもチョコレートを食べているか、チョコレートのお買い得パックを抱えていたそうです(笑)

 

当然ながら!?虫歯になりやすかったようで、母と一緒によく歯医者に通っていました。

そんな訳で、小さい頃から歯医者とはご縁があったようです。

 

小学校低学年時代

今とは違い、当時の私には「お受験」というものには縁がなく、小学校は当然のように地元の公立小学校に通っていました。


小学校に入ってまもなく、私が1年生の時に、妹が生まれました。

当時は自分より小さい子供が家にいることが最初、不思議で仕方がなかったようですが、妹の笑顔や寝顔が愛くるしく、気が付いたら兄としての責任感が出てきたようで、両親が驚くほど、妹の面倒をよくみていたそうです。

 

そんな可愛い妹が生まれたことをきっかけに我が家は引越しをしました。

と言っても、車で10分程度しか離れていなかったのですが、小学校1年生にとっては、それはもう大冒険に近い大きな出来事でした。

 

住み慣れた我が家を離れるのはとても寂しかったのですが、昔から前向きな性格だったため、新しい生活にワクワクドキドキでしたが、新しい環境にもすぐに慣れることができ、新たな学校でも友人を沢山作ることが出来ました。

小学校高学年時代

相変わらずチョコレートが大好きだった私は小学校高学年になり、 「チョコレート坊や」から「チョコレート少年」へと成長し、 一人で歯医者に通えるほど大きくなっていました。

 

 

当時は、母の友人が「淀屋橋にいい歯医者さんがあるよ!」

と勧めてくれた歯医者さんに、一人で電車に乗って淀屋橋まで行き、歯の治療をしてもらっていました。

 

決して歯医者が大好きというわけではなかったのですが、一人で文句も言わず、自宅の千里中央から淀屋橋まで通っていたのは、今となっては不思議で仕方ありません(笑)

 

さて、この頃に祖母から急に、「達宏、あんたは阪大に行きなさい!」

と言われたのを、今でも覚えています。

 

と言うのも、この時の祖母の一言がきっかけで、私は「大阪大学に行く!」という目標を立てることになったからです。

(しかし、その目標が現実のものになろうとは、当時は誰も予想出来なかったと思います。)

中学校時代

中学は地元の公立中学校に進学しました。

 

 

今でも勉強は好きなのですが、当時は勉強することが大好きで、特に数学の問題を解くことに熱中していました!

 

数学が嫌いとか苦手とかいう方が多いとは思いますが、私にとって数学の問題はクイズのようなものでした。

 

クイズの答えを考えて解く、そして答えを確認し、答えが合っていた時の達成感を味わうのが好きでした。

 

特に自分にとって難しい問題を苦労しながら解いて、その答えが合っていた時はとっても嬉しいものでした!

 

勉強が好きなことに加えて、祖母からの鶴の一声もあり、この頃には阪大に進学することを目標にしていました。

 

もちろん熾烈を極める競争率の阪大。合格のためにはもっともっと学力をつけ、進学校の高校に受かる必要がありました。

 

そこで燃えに燃えていた私は、自分から「塾に通いたい!」と両親にお願いし、中学2年生になった時に塾に通わせてもらいました。

 

塾で学力をつけることが出来たおかげで、進学校として有名な大阪府立北野高等学校に無事入学することが出来ました。

 

目標を決めて、行動することの大切さをこの時ほど実感したことはありません。

 

合格通知を見た時の達成感は何物にも代えがたいほどの感動でした。

高校時代

北野高校は長い歴史を積み重ねた伝統ある高校で、当時の校舎はお瀟洒なレンガ造りで歴史と伝統を遺憾なく主張していました。

 

当然ながら、今では当たり前のエアコンなどというものが教室にあるわけもなく、夏は汗をダラダラかきながら必死で勉強した記憶があります。

 

実際に高校に入ってみると、まわりは勉強ができる人が多く、私は学校の勉強についていくことが出来なくなりはじめました。

 

これはマズイと思い、両親に頼んで、予備校に通わせてもらいました。

 

学校が終わると、その足で予備校へ通い、予備校で学んだことを今度は高校の授業で再度復習することで学力は見事に上がりました。やはり努力は欠かせません。

 

3年生の夏休みになり、中学時代の友人から、「予備校の自習室、一緒に行かへん?」と誘われ、友人と二人で毎日自習室に通うことになりました。

 

友人が誘ってくれたことをきっかけに、大学進学のため、本格的に勉強を始めました。

 

念願の阪大進学のために必要な毎日の勉強量を計画し、確実に実行していきました。

 

また、勉強科目が多岐にわたるため、英単語や熟語を覚えるのは朝早くにして、計算が必要な数学や物理・化学はその後にする、家に帰ってから覚えた英単語を復習する、など勉強する順番にも工夫を凝らしました。

 

こういった方法は歯科医師になるための試験にも大いに役立ちました。

 

努力した結果、無事に現役で阪大歯学部に入学することが出来ました。

勿論祖父母には、一番に報告しに行きました。

 

合格を知った時の祖母の笑顔は今でも私の心の支えとなっています。

大学時代

「大学生になったらテニスをする」という、勝手なイメージを持っていた私は歯学部テニス部に入部しました。
(歯学部テニス部というのは、歯学部生だけで作られたクラブです。歯学部や医学部はカリキュラムが他の学部と異なるので、クラブ活動も別に存在していました)

 

テニス未経験だった私でしたが、週2回の練習で少しずつ上達しました。

夏になると日焼け止めを塗らずにテニスしていたため、肌が真っ黒になっていました。

 

しかも、夏合宿で毎年軽井沢に行っていたのですが、合宿中は体重が落ちることが多く、初めて合宿を迎えた1回生の時は、体重が50キロを切ってしまうこともありました。

 

頬は痩せこけ、まわりからも心配されてしまうので、それ以来、無理矢理ご飯をたくさん食べて、体重が落ちないように注意していました。

(それでも多少、体重は落ちてしまっていましたが…)

 

一方、大学の頃の成績は決していい方ではありませんでした。

 

というのも、歯科医師になるために必要な学力というのは、これまでの勉強とは比較にならないぐらい大変だったからです。

 

テスト前は、それはもう必死で勉強しました。

そして順調に大学生活は続いていきました。

 

5回生になると、大阪大学歯学部付属病院で研修を受けるのですが、この頃になると、ようやく「自分が近々歯医者になるんだなぁ」という実感が湧くようになりました。(笑)

 

 

当時は最終学年の3月に国家試験があったのですが、早い場合は1年前から国試対策として授業を始める大学もあるそうです。

 

しかし、当時の阪大では残念ながら11月まで病院研修があり、12月、1月は卒業試験があるので、国試の勉強は1月末か2月から始めます。

 

しかも、国家試験対策の授業があるわけではないので、各自で国家試験の問題集を解いていました。

 

国家試験に落ちるわけにはいかないので、この時は人生の中で一番勉強しました!

 

朝早くから夜遅くまで自習室で勉強していましたが、夢の中でも国家試験の問題を解いていたことが、今でも忘れられません(笑)

 

その努力が報われたのか、幸いにも無事に一回で合格することが出来ました!!

大学院時代

無事、国家試験に合格した私は、大阪大学大学院歯科保存科という学科に進学しました。

 

 

歯科保存科という学科は、虫歯の部分を治療するのに、どういった治療法や材料を用いるべきか、また、歯を残すためにはどういった治療法が適切か、ということを専門的に診ていくところです。

 

歯学部付属病院で多くの患者さんを診て、歯科医師として技術と知識の向上に努めながら、大学院生として研究も行う、とても忙しい日々を過ごしていました。

 

大学院生の時に、実験データの解析や分析、そしてプレゼンを行う必要があり、本格的にパソコンでワードやエクセル、パワーポイント、フォトショップやイラストレーターを使っていました。

 

開業してからもワードやエクセル、パワーポイントを使うことが多々あり、院生の経験がこんなところで活かせるとは思ってもいませんでした(笑)

 

 

また大学院生の時に、大阪府茨木市にある「西尾歯科医院」と兵庫県伊丹市にある「福武歯科医院」に週に一度ずつ、非常勤として勤務していました。

 

「西尾歯科医院」の院長は、治療技術だけでなく、スタッフの接遇などに非常に力を入れておられました。

 

外部講師の方に月に一度来てもらい、スタッフ全員で研修を受けていました。

 

私もスケジュールを調整し、よく参加させてもらいました。

 

この時に学んだことは、今の私の患者対応の基礎になっている、と言っても過言ではありません。

 

 

それだけでなく、治療技術についても院長から指摘を受けることがありましたが、今考えてみると、多くの指摘をして頂けたという環境には本当に感謝しています。

 

「福武歯科医院」の院長は、少しずつ出来ることを任せてくれる先生でした。
特に、親知らずの抜歯は、福武歯科で基礎をしっかり学ばせてもらい、実に沢山、親知らずの抜歯をさせてもらいました。

 

また、最近では珍しいのですが医院の中に技工士さんがいて、技工士さんからも沢山教えてもらいました。

勤務医時代

大学院を卒業し、28歳になってようやく社会人として働くことになりました。

 

勤務先を決めるにあたって、私の中で決めていたことは、

① 医院に技工士さんがいて、技工士さんからも教えてくれる環境が整っていること

② 審美歯科やインプラントの症例が沢山ある医院であること

③ 診療時間が一人最低でも30分以上確保していること

この3点でした。

 

 

技工士さんは詰め物や被せ物を作ってくれるのですが、ドクターが技工士さんと、患者さんの事でゆっくり話し合うことはなかなか出来る機会がありません。

 

「技工士さんと話し合いながら患者さんの歯を作っていきたい」

 

そう思い、医院に技工士さんがいる勤務先を探しました。

 

歯科医院と一言で言っても、治療内容や得意な治療というのは、医院やドクターによってかわってきます。

 

最先端のインプラント治療を沢山行っていて、かつ、審美歯科に力を入れている医院で、自分の技術を磨きたい!そう考えていました。

 

また、一人の患者さんに最低30分以上治療時間を確保しないと、治療の質が低下してしまうことが多々あります。

 

自分の技術を磨きながら患者さんを診させてもらうには、治療時間が30分以上確保できるということが必須でした。

 

以上の点を満たしている医院、それが北新地にある「延藤歯科」でした。

 

診療しながら院長の延藤先生や技工士さんに御指導頂き、毎日が本当にしんどくもあり、楽しくもあり、遣り甲斐ある環境でした。

 

延藤歯科で1年半ほど働いたある日、以前大学の医局で大変お世話になった先輩から連絡がありました。

「俺、開業するから、俺の代わりに副院長してくれないか?」と打診されました。

 

延藤歯科で学ぶことはまだありましたが、いずれは開業するつもりだったので、副院長という立場で仕事をすることは自分にとって必要だという思いと、お世話になった先輩の依頼を断ることが出来ないという思いがあり、先輩と入れ替わる形で、大阪市西淀川区にある「藤原歯科医院」で副院長として働くことになりました。

副院長時代

副院長という立場になった途端、私は3人の後輩歯科医師を指導する立場になりました。

 

もちろん私自身、指導するという点で未熟な部分があることは自覚していました。

 

教える立場になって、どう言えば相手に分かってもらえるか、どう言えば分かりやすいのか、など、考えさせられるようになり、コーチングなどの本を読んで勉強しました。

 

また、副院長の仕事をすればするほど、「独立して自分の医院を持ちたい」という気持ちが強くなってきました。

 

そこで院長である藤原先生に相談し、開業場所が見つかるまで勤務させてもらうことになりました。

 

ただ、開業場所を見つけることは非常に困難を極めました。

 

コンビニより歯科医院の数が1.7倍もあるこの状況で、自分が理想とする場所なんて、なかなか見つかるものではありません。

 

結婚して芦屋に住むようになり、芦屋という街があまりに住み心地がいいので、出来れば芦屋を離れたくありませんでした。

 

とは言っても、芦屋に限定していると、いつ開業できるかわからなかったため、開業場所の候補として、東は滋賀県、西は岡山県の手前までと、かなり広範囲で探していました。

 

気になる物件が見つかれば、ドライブと称して家内と車で出掛け、見に行くようになっていました。

 

しかし、実際に見に行ってみると、すぐそばに霊園墓地があったり、隣がブティックホテルだったり、人通りが全然無い場所だったりして、一向に見つかる気配がありませんでした。

 

開業場所について色々と相談に乗ってもらっていたのが、当時通院していた「いちよし整骨院」の院長先生でした。

 

と言うのも、一種の職業病なのか、腰の具合が悪く、よく通院していたのです。

 

何度も相談に乗ってもらっては、アドバイスを頂く、そんな日々を過ごしていたのですが、開業場所が急に見つかるという展開になりました!

 

なんと、「いちよし整骨院」のビルの1階に入っていた居酒屋が年内で撤退することになったそうです。

 

そこで、新たな入居者を探すことになったそうで、真っ先に候補に挙げてもらいました。

 

 

スケルトンになった状態で内見したとき、大きな窓から陽が入り込んできて、 とても明るい印象を覚えました。

 

 

「まさに『陽だまりだ!!』」そう直感した私は、その場所で開業しようと決心しました。実はそれが今の場所なのです。

 

「ひだまり歯科」という名前の由来は、陽が当たって明るい医院にしたい!

という想いが込められています。

(他にも名前の由来はありますが、それは内緒にしておきます)

 

そして2010年6月に「ひだまり歯科」として独立することになりました。

開業後の苦悩

実は開業してから一か月が経過した頃、ビルの補修工事を行うことになりました。

 

開業直後にもかかわらず、ビルの補修工事の影響で、開店休業状態になってしまいました。

 

外から見ても医院がやっているのかわからない、そんな期間が2カ月ほど続きました。

 

 

実はこの間、「どうすれば患者さんに喜んでもらえるか。どうすれば痛くない治療が出来るのか。」ということを真剣に考え、それをHPに書いていく、ということをしていました。
(今となっては、この期間があったからこそ、HPの内容が充実し、HPを見てお越しいただく患者様が増えたと思っています。)

小児歯科、矯正歯科の取り組み

当院には小さなお子様がいらっしゃる方にも安心して通ってもらえるように、「キッズスペース」付の診療室がありますが、そのおかげか、小さなお子様を診させてもらうことが多いように思います。

 

 

20年以上前と比べると、お子様の虫歯は激減していると言われていますが、それでも残念ながらゼロではありません。

 

そこで、穴があいている部分は虫歯治療を行いますが、小さい頃から虫歯にならないよう、ご両親に仕上げ磨きの方法をお伝えしたり、定期的に高濃度のフッ素を塗布することで、虫歯になりにくくなるよう、日々心掛けています。

 

また最近のお子様は、顎が小さい割に、歯は大きいので、ガタガタの歯並びになるお子様が多いようです。

 

目安としては、下の大人の歯が2~4本生えてきたタイミングで矯正治療が必要かどうか判断しています。

 

「虫歯がなく、綺麗な歯並びで成人を迎える」ことを目標に、日々診療に取り組んでおります。

インプラント治療に関して

芦屋近隣の方々は、歯がボロボロという方が少ないのですが、噛む力が強すぎて、歯が欠けたり、歯が折れたりする方が多いようです。

 

多少欠けた程度なら補うことは簡単ですが、歯が大きく欠けたり折れたりしまうと、抜歯せざるを得ないことがあります。

 

以前、大阪大学歯学部付属病院の保存科で学んでいたこともあり、抜かずに保存できる歯と、抜かざるを得ない歯の区別はかなり出来るようになりました。

 

残念ながら抜歯に至った場合、1本でも歯がなくなると、急に食事がしづらくなります。

 

しかし、そのままの状態を放置し、数本、歯がなくなってから、入れ歯をされている方もいらっしゃいます。

 

ただ、入れ歯だと食事の味がしないとか、食べカスが入れ歯の下に入って痛むとか、色々と入れ歯の苦労が絶えないようです。

 

食べカスが挟まりにくくなるよう、入れ歯安定剤を使う方法もありますが、合わない入れ歯を使っていると、残っている歯にも悪影響を及ぼします。

 

出来る事なら、1本歯が無くなったその段階で、治療を行うことが大事です。

 

歯が無くなった部分を補う治療としては、無くなった歯の両隣りの歯2本を削って、3本つながった被せもの「ブリッジ」が一般的です。

 

しかしこの治療法の大きな欠点として、無くなった歯の両隣りの歯が虫歯になっていない場合、健康な歯を大きく削ってしまうため、歯の寿命が短くなってしまうのです。

 

そこで当院では、1本歯が無くなった場合は、「ブリッジ」よりも「インプラント」という治療方法を推奨しています。

 

テレビや新聞でインプラント治療のトラブルが多く言われていますが、歯科医師として絶対的に言えることは、「インプラント」治療が悪いものではなく、残った歯の寿命を守る、画期的な治療法だということです!

 

ただ、治療や手術を行う前に、十分な説明や診査が行われていないと、トラブルになることがあります。

 

そこで当院では、手術前の診査や治療方法には充分な時間をかけるようにしています。

 

治療方法など、十分な説明を行った上で手術や治療を行っているので安心して「インプラント」治療を受けて頂けると思います。

 

以上、長々となりましたが、当院では、

① わかりやすく、丁寧な説明を行う

② 痛みの少ない治療を心がける

③ お子様から年配の方まで、安心して通いたくなる医院づくり

これらのことを心掛けて、毎日の診療に臨んでいます。 

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